人生伸びしろしかない

マリノスも伸びてほしい

上から目線

サブタイトルに「マリノスも伸びてほしい」とか書いてて自分が上から目線で書いてるけど振り返って伸びたのはどっちだったんか?と自分を詰めたい。

自己肯定感とか自信をもてない

理想が現状に対して高すぎる。

客観的な現状が自己認識よりも低すぎる。

 

理想>>セルフイメージの現状>客観的な現状

ぐらいであればまだ良いのだが、

理想>>セルフイメージの現状>>客観的な現状

のようになってしまっていると「なんで自分はできないんだろう?」のように悩んでしまう。

日々客観的な現状を見せられているにも関わらず、1日終わったとき変われていない状況。

 

そういえば昔から言われていたな「本気でやってない」て。いやいやいや、と思ってたけどそうじゃなかった。

 

昔からのコンプレックスは「勝ったことがない」ことだと思ってた。違った。「勝つことに執着してなかった」のだ。そりゃ勝てない。

 

自分の頭の中でぐるぐる何となくこうした思いを持ってたんだけど、こうして吐き出して少しでも整理されれば。

外から見たらそんな難しいことじゃないことのようなんだけど、今の自分がそれができないのはとにかく心と頭と両方がぐちゃぐちゃになってるから整理しないとダメだ。

 

とにかく小さくていい、1日1日を「勝った」「やりきった」と終われるために全力でやりきろう。

今日笑って終われるためにも業務設計ちゃんとしよう。色々ビハインドだし期限超過してるから余裕なんてないけど、それでも「やりきった」って笑って1日終わりたい。

 

成長速度のお話

すごくいいこと書いてあると思ったら最後のオチはなんだよ笑

fromdusktildawn.hatenablog.com

「命より重い!お金の話」の話?

以前に金融機関に勤めてたこともあって気になってた本だったけれど読まずじまいだった本を読んでみた。

内容はお金の点では物足りない部分もあったし、事前の自分の予想とは違ったけど、別の点で良いと思った点があったのでメモがてら書きます。

言いたいことを丸めてしまうと「マネーリタラシーをつけよう」という点で、もっと言っちゃうと契約書は分かるまでちゃんと読もうね的な話なんだけど。。

それを具体的にサラ金消費者金融、クレジットカード(特にリボ払い)とか連帯保証とかそうした場合に知らないことを放置することがいかに危険か、というところ。

ここまではまあそうだよねと思った部分。読んで良かったと思ったのは、最終章の「人を救ってきたのはお金ではない」という部分です。

結局いくらお金を今持っていたとしてもお金の不安は無くならない。貧乏は社会的に下に見られる傾向にある。それが故に生活保護を受けていて衣食住が保障されていても多重債務者は社会的に「社会復帰」できない。救われない。

それを解消するのは「仕事」である。

いつまでも働き続けられるという自信をつけることが大事。決して社畜になれという意味じゃない。別に起業でもアフィでも自分が働いて稼ぎ、それが続けられると感じることが大事だよね。と。

本の内容と自分の言葉が混ざってしまっているけれど。。

 

人生引き分け組

2017年4月20日現在、このブログのタイトルは「人生引き分け組」なんだけど、いまは変えよっかなと思ってる。

これをつけた当時と今では大分違う心境になったと思う。

 

もともとこのタイトルは学歴や社歴なんかの履歴書上のスペックは高いのに、見た目とか仕事の成果がなんか残念な感じに写ってるんだろうなという自己理解のつもりだった。

 

ただ、それを打ち出すこと自体が残念な感じだし、間違いなく卑屈だった。

加えて、卑屈なくせに「負け組」ではなくて「引き分け組」ってところに変なプライドが見えてなんか自分でもイラっとしてきた。

 

結論、ブログタイトル変えますね。

債券の基礎

たまには前職の話を。

僕はむかし証券会社で債券フロントシステムの開発企画を担当していたので、その商品(債券)のことから書いておきたい。
 
債券とはよくある言い方をすると、「会社の借用証書」と言われる。これはこれで間違っていないのだけど、投資家の目線とはちょっと違う。
 
では、債券って何なのか?投資家目線に近づいてみると「原則、一定期日毎にちょびっとお金をもらえ、満期になると額面の金額が帰ってくる金券(チケット)」だ。
チケットという点ではライブのチケットとも、新幹線の乗車券とも本質的には何も変わらない。
債券は定期預金に似てるけれども、違いはこのチケットなので売り買い可能というところだ。
 
どうしてそんなものを売買する意味があるのかって?
これが大アリなのだ。
 
その理由は金融の大事な大事な要素である「金利」と関わってくるので機会を改めたい。
 
まあ、所詮はチケットなのだ。
 
 

相談は伝え方が9割

よく記事を読ませていただいている方から「気をつけてね」とメッセージをいただいた気がした。

chikanism.hatenablog.com

 

僕にとって、人の相談に乗るのは難しい。女性の相談となるとなおさらだ。

そんなやつがなんでキャリア相談を受ける仕事しているのか、とは自分でも思わなくもない。

いくら相手のことを思った上での非の打ち所のない正しいアドバイスだったとしても、それでも「伝え方」ひとつでそれが受け入れてもらえない、ということは起こる。言葉の選び方、話している時の態度は本当に気をつけないといけない。

 

仕事に限らず、相談を受けるというのはなかなかに骨が折れる。しかも、相談する側が望んでいないような結論の方が真にその人のためだったりすると本当に大変。相談を受ける側になり、希望とベストな結論とのコンフリクトを経験するようになって本当にそれを感じた。これはしんどい。普通に疲れて寝込むもん。

それでもその人のためを思ったらコンフリクトを戦わないといけない。でも、伝え方を間違えると人は頭ではわかっても感情で納得しない。これは相談を受ける側としては失格だ。

もしその結果、結論を誤ってしまったら僕の場合は「だから言ったのに」と思うよりも「ああ、自分には相談する価値もないと思われたんだな」と感じて悲しくなる。

説得でも上から目線のアドバイスでもない。真にその人に寄り添った上で受け入れてもらうためにどう伝えるか。それができるようになるまで、怒られ続けるのだろうな。